こんにちは。会議通訳のあひるです。
前回のつづき。私は海外経験もなく,社会人になってから英語を勉強して会議通訳になりましたが,そんな私の学習歴をお話しています。
前回は,英語が『嫌い』から通訳者養成スクールの扉を叩くまでをお話しました。今回の2回目は,まずそもそも通訳者養成スクールとはどんなところなのかをお話します。私自身基礎コースから何年もの時といくつもの修羅場を潜り抜けてきましたので,ご想像どおりな面も意外な面も,内側から見たリアルな実態をお伝えできればと思います。
通訳者養成スクールのしくみ
いざ英語を始め,しばらく順調にきたもののTOEIC900点台前半からの一歩が難しい。通訳者養成スクールに通い始めたのはそんな時でした。
とんでもないところに迷い込んでしまったわけですが,今回まずは一般的なスクールのしくみをご紹介します。ただ,私が通っていたのは10年以上前。最新情報はぜひご自身でご確認ください(特にコロナ禍以降はオンラインコースが増え,いろいろ変わっているかもしれません)。
入学試験・スキルチェック
大手,有名どころの通訳者養成スクールはまず入学試験・レベルチェックテストがあります。短期のセミナーなどはテストなしで受けられるものもありますが,いわゆるレギュラーコースを受講するためには入学時点で一定以上の水準であることが求められます。充分な英語力がないと,そもそも受講できません。各校パンフレットには大抵TOEIC900点から,950点からなどと書いてあります。
入学段階で判断されるのは,基本的に英語力です。通訳コースの途中から,たとえば通訳基礎→通訳中級→通訳上級,というコースがあるスクールで通訳上級コースから受講したい,という場合は通訳のスキルチェックも必要となることが多いですが,それはあくまで現役通訳者や通訳トレーニングの経験者を想定したもの。通訳トレーニング未経験の方は,基本的に英語のスキルチェックを受け,入学が許可されれば通訳コースの第一段階から開始することになります。
コースのしくみ
2期制をとっているスクールが多く,4月と9月開講が一般的です。しかし春や夏の時期は1,2ヶ月ほどの短期セミナーをやっていたりするので,本科生・レギュラーコースの学期は実質4〜5ヶ月くらいでしょうか。そして各期の最後に進級試験として初見の題材で通訳を行い,パフォーマンスが一定以上の品質であると判定されると次のクラスに進みます。
このクラス(=レベル設定)は数段階,6段階〜8段階程度に設定されているスクールが多いです。『通訳コースI〜III』など一見3段階程度に見えることもありますが,その『通訳I〜III』の次に『会議通訳I〜III』などが控えていたりします。2期制ですから基礎から始めると最短でも3年ほどとなるわけですが,現実的には最短の3年で卒業される方は極めて稀。スクールの前半では通訳未経験の方が多い印象ですが,後半になってくると現役で通訳の仕事を始めている方も多くなります。
授業サイクル
スクールによって詳細は変わるものの,基礎コースではまず会議通訳者になるために必要な訓練の仕方を学ぶのが一般的。ここでいう『訓練』とは音読,シャドーイング,要約,リテンション,時事知識の習得(英語の新聞記事やニュースを題材に英語で時事知識を習得する基礎体力を身につけます)等々,言ってみれば自分で学習できるようになるための学習。同時に通訳演習も始まります。基礎クラスでは基礎訓練の比重が高いですがクラスが上がるにつれ徐々に通訳演習中心になります。そしてその通訳演習自体も,逐次通訳→同時通訳と変わっていきます。
話題は基本的に時事的なもの。スクールによって,またクラスのレベルによって,スクールで作成した素材だったり実際の会議の録音やスピーチだったりと様々ですが,毎回初見の素材を使って通訳演習を行います。当然,事前にスクリプトをもらえるようなことはありません。『来週は○○のトピックなので△△という準備をしてくるように』等々の指示に従って出来る限りの予習をして臨みます。
この辺りの詳細はもちろんスクールによって異なるのでしょうが,私が通ったところは基礎コースほど事前準備のサポートも手厚かったです。たとえば一番基礎のコースでは,事前にテーマや状況設定に関する情報の他に出てくる語彙リストも頂けました。しかし上級クラスになると,基本的にはトピック,テーマに関する情報のみとなります。
やはり基礎クラスのうちは準備のしかた云々より,自宅での基礎訓練など英語の基礎力向上に努めて欲しい。しかし一定の英語スキル・通訳スキルを身につけて実際の通訳現場も視野に入ってくる上級クラスでは,与えられた情報をもとにどのような準備をするとうまくいくのか,うまくいかないのか,そのプロセス自体も体験して欲しい。あくまで個人的な感想ですが,そんなスクールの意図を感じました(そして実際に通訳になった今,大変正しいアプローチだと感じます)。
そして毎週の授業では通訳演習を行い,講師からフィードバックや改善点のアドバイスを得ます。それを中心に,各自自宅で基礎練習(シャドーイングや時事知識の習得など)による英語力・通訳スキル向上に努めるとともに授業の予習復習を行います。4,5ヶ月ほどの学期期間中はこのサイクルを繰り返し,学期の最後に期末試験があります。そこで初見の通訳を行い,一定のパフォーマンスであると認められれば次のクラスに進級します。
期末試験と進級
2期制ですので,たとえばクラス設定が6段階のスクールでは最短3年かかることになります。しかし現実的に最短で卒業される方は極めて稀です。私自身も今のところお目にかかったことはありません。
これは実際に大手の通訳者養成コースの募集要項をご覧になるのがいいと思います。実際のスクールの案内を見ると,たとえば『通訳基礎』クラスは週に5,6クラスほど開講しているのに『通訳上級』は週に2クラス,なんてことがよく起きます。これは単純に,そのくらいしか進級しないのでこれ以上のクラス開講は不要なのです(オンラインコースが増えた現在は状況が変わっているかもしれませんので悪しからず)。当時の私の体感では,一定レベルまでは進級率2,3割程度,つまり15人のクラスであれば次のクラスに進級されるのは3-5人,といったところでしょうか。これは私自身も長く在籍していた経験から申し上げますが,コースにいらっしゃる方は皆さん本当に高い英語力をお持ちで,さらに日々努力されています。それでこの結果,震えますよね。
なぜこのようなことが起きるのか。実際に受講した経験を振り返って改めて思うのは,結局通訳になるために『授業を受けることで理解しなければならない理論・知識』なんてそう多くないんです。通訳者養成スクールのクラス設定というのは,あくまで『このクラスはこのレベルの通訳ができるようになったら合格,進級』という基準でしかない。現場に行ったらどんな状況であろうと目の前の発話は訳さなければならない。そのため学期末までにはそのレベルに到達できるよう,各コースともに学期中は毎回クラスのレベルに応じた通訳演習を行ない,講師から改善点などのフィードバックや今後のアドバイスなどを頂きます。しかし言ってしまえば日々のトレーニングや学習を通じて自分の英語力・通訳スキルを1段階上げないと,結局次のクラスにはいけない。その観点で,単純に半年というのが短いのだと思います。
もちろん最終的に到達すべき通訳スキル,つまり『英語・日本語を聞いて理解したことを瞬時に別の言語に置き換えてわかりやすく伝える』ということ自体は決して到達不可能なものではありません。正しく努力をすれば必ずできるようになります。ただ,日々『頑張る』のはもちろん,正しく効率的な方法で努力を重ねないと『4,5ヶ月ごとに一段上』,というのは難しい。どんなに頑張っても,自分の現状と弱点を見極めてそれにあった勉強法を見つける,自分なりのサイクルを見つける,効率よく勉強する方法を体得する,そのプロセス自体にも相応の時間がかかります(私がこのブログを通してお伝えしたいのは,まさにこういったところでもあります)。皆さんそこそこ時間がかかるのは,こういった背景があるように思います。
通訳者養成スクール『卒業』とは
こうして進級を重ね,最終コースの最後には卒業試験があります。そこで合格すると晴れて『卒業』。逆に言えば,最終コースを最後まで受けても最終試験でパフォーマンスが一定の水準に達していると認定されなければ,『卒業』とは認められません。その場合,定員に空きがあれば同じクラスをもう一度受講できることが多いです。
この『卒業』の意味合いについては少し説明が必要かと思います。現時点で日本では,通訳技能を証明する有用な国家資格等々はありません。それもあって,現在通訳者養成スクールの受講歴が重要なスキル証明となっています。
たとえば社内通訳などの職に応募する時。現在有用な指標がないこともあって,『○○スクール卒業』という経歴が,通訳スキル証明のように機能している側面があります。そうすると逆にスクール側も,卒業生が一定の水準を担保していることがそのスクールの価値にそのまま直結します。仮に通訳市場でAというスクールの卒業生はみんなスキルが低いな,となったとしましょう。そこの卒業生は使われなくなりますから必然的にAスクール自体に生徒も集まらなくなる。逆にAというスクールの卒業生はみんなうまい!という評判になれば,通訳を目指す人はみんなAスクールに集まるでしょう。進級・卒業要件が厳しいのは,このような通訳市場の現状も関係しているように思います。
通訳者養成スクールとお仕事事情
さて。このように通訳者養成スクールは入学を許可されてから卒業まで何年もかかるわけですが,この間仕事はできないのか?もちろんそんなことはありません。大抵の通訳者養成スクールは通訳者派遣などのエージェントを抱えており,スクールのレベルに応じて仕事を紹介する仕組みがあります。
代表的なのは,通訳スクールがグループ企業として英語系職種に特化した派遣会社を持っていて,スクールでの在籍クラスに応じた仕事を紹介してもらえるパターン。基礎クラス在籍者は英文事務,通訳クラス在籍者は逐次通訳ポジション,会議通訳クラス在籍者は同時通訳ポジションに紹介しますよ,といった具合です。
つまり通訳者養成スクールでのパフォーマンス評価や在籍クラスは単なるお勉強・スキル評価の問題だけではありません。そのまま仕事に直結するからこそ,特に通訳未経験の場合は進級が大きな意味を持つのです。
通訳をお探しの企業は,どこだって経験豊富な通訳が欲しい。だから通訳を目指す人にとって初の仕事,つまり『未経験の壁を越える』ってとても大変なのです。だからこそこの仕組みはありがたい。逆に通訳スクールや派遣会社からすると,一定のクラスの生徒であれば未経験でも紹介することになります。だからこそ通訳スキル,パフォーマンスは一定の品質を担保しないといけません。進級・卒業の要件が厳密に管理されているのはこんな理由もあるのです。
あひるのひよっこ通訳訓練・序
通訳者養成スクール,震えますよね。何を血迷ったかこんなところに迷い込んでしまった私。ひよっこ通訳修行が始まります。
上でお話したとおり,基本的に授業中は通訳演習です。しっかりと予習,つまりトピックについて必要な知識を調べて出そうな語彙やフレーズを出来る限り確認していかないと聞き取れない。英通訳演習中に耐えられない沈黙が流れます。
同時にどれだけ授業中のパフォーマンスが良くても最終的には期末試験,つまり初見の題材で一定レベルの通訳ができないと次のクラスに進めません。つまり学期中は日々,授業で行う演習の予習復習を行いながら英語力および通訳スキルの底上げに努めます。この基本サイクルに加え,基礎クラスのうちは毎週単語テストなどがあったりします。
宿題が読めない
まず,そもそも基本的な英語力がない私。課題をこなすために必要な英語が読めません。
始めて基礎クラスに入った頃。私が通っていたスクールでは毎週新聞記事をいくつか配布され,翌週そこに出てくる単語や表現のテストがありました。しかしそもそも1週間,極限までフルに時間を使っても新聞記事を読みきれないのです。ちなみに私が1週間フルに苦戦する単語テスト,通訳を目指す人たちの集う授業では冒頭3分で終わるものです。
予習ができない
授業準備の本丸は,事前にテーマが伝えられる通訳演習の予習。しかし英語で読むことがおぼつかないので,『英語で調べる』こと自体すごく時間がかかります。たとえばテーマがアメリカの経済政策だったとします。やはり英語で表現を調べていきたいのですが,その記事が読めません。
復習ができない
そして通訳スキル向上に最も重要なのは,やはり復習。特に通訳スクールで題材に使われるような教材は,ぜひ抑えておきたい表現が詰まったものです。通訳スキル向上のためには,まず授業で取り上げた教材をしっかり復習して自分のものにするよう強く推奨されます。でも,日英通訳はまだいいのですが,英日通訳の音声が聞き取れません。
結構どこもそうだと聞くのですが,私が行ったスクールは授業中に行った通訳演習の音声,つまり元の音声+自分の訳出を録音して持ち帰り,各自自宅で復習を行います。つまり英日通訳であれば元の英語を聞き直し,自分の訳出の改善点を確認しながら必要な表現などを確認して訳出が出来るよう練習するのですが,そもそもオリジナルの音声が何を言っているか,何度再生しても聞き取れないんです。
『勉強法』を試行錯誤する日々
このようにして,とにかく学期ごとに『基礎的な英語力・通訳スキルの向上に努めつつ(使える表現の宝庫である)授業の素材をしっかりとものにしていくことで,4,5ヶ月後の期末試験までに一定の通訳ができるようになる』ことを目標に試行錯誤する日々が始まりました。しかし,やる気だけは満ち溢れているものの上記のような状況。
学校では基礎練習,そして予習復習をしっかりするように言われます。言われたことを自分なりに咀嚼して続けるのですが,思うように伸びません。遠回りしながら,ひたすら勉強する日々となりました。
続きは来週。