こんにちは。会議通訳のあひるです。
7月1日はカナダの建国記念日,Canada Day。夫がカナダ出身ということもあって,しばらくカナダに来ています。
このところ英語学習の記事ばかりでしたが,今日は少し話題休閑。海外にきて思うことを徒然と書いています。
海外旅行の異国情緒
私は元々苦手だった英語を社会人になってから克服してきたので,海外の友人と自由に話せるようになった時の感動,英語が話せる海外旅行の楽しさ,そういったことは大人になってからひとつひとつ,新鮮な驚きや喜びとともに感じてきました。
だけど実はひとつだけ,英語がわかるようになって残念に思ったことがあったんです。それは海外旅行中の『異国情緒』。
私は海外の知らない土地で,地元の人たちのそれぞれの生活の営みを眺めているのがとても好き。
スーパーで見たこともないような野菜を楽しそうに買っていく地元の人。小さな子供たちと公園で遊んでいるお母さん。まったくわからない言葉で日々の生活を営んでいる人たちを見ると,あぁ,遠くにきたな,と思うんです。
それが英語がわかるようになってから。
英語圏の小さな街の小さなカフェでコーヒーを飲んでいると,隣のテーブルの同僚のグチが聞こえる。長距離列車でぼんやり車窓を眺めていると,後ろからヨメの文句が聞こえる。
英語力向上は実感します。しかし異国情緒はない。
数年前に中欧を旅した時でしょうか。まったく言葉のわからない国々で久しぶりにこの異国感を感じ,とても懐かしく思ったことを覚えています。
国内旅行の異国情緒
しかし考えてみると,国内旅行でも同じように旅は楽しくリフレッシュできるのです。
私は首都圏に住んでいるので,やはり西側の地方で特にこの異国情緒を感じます(国内なので“異国”ではありませんが,あくまで感覚として)。
たとえば京都のような,観光地でありながら地元の方々の生活と密着しているような地域でも『遠くにきたなぁ』とリフレッシュできるし,あとはやはり気候が異なるところ。
心に残っているのは瀬戸内。温暖な気候,そして私の日常にはない島々の生活。日常から離れて本当にゆっくり過ごしたことを思い出します。
そう,本来言葉の問題ではないはずなんです。
海外で感じていた異国感
こんなことを振り返って思うのが,以前の私にとって外国って本当に異国・異次元だったんだなぁということ。
旅の効用は様々ですが,私にとって日々の生活を離れられるというのは大きな楽しみです。
繰り返す日常に疲れた時にふらりと旅に出て,いつもと違う場所で,違う風景の空の下,違う生活をしている人たちをぼんやり眺める。
そうすると疲れる日常から離れている感じがして,なんとなくリフレッシュできるのです。
そして結局,以前は外国というものがあまりに異次元だったので,この『日常との距離感』がとてつもなく大きかったのだと思います。
それが言葉を獲得したことで,みんな同じだと気づいてしまった。当時の気分を振り返ると,おそらくそんなところだったのかと思います。
海外で感じる心強さ
そんな長い時を経て,今はカナダ。西海岸のブリティッシュコロンビア州,バンクーバー国際空港が玄関口となるあたり。すっかり馴染みの場所になってきました。
Canada Dayシーズンですから義理の親戚が集まってあれこれ話に花が咲きます。それぞれの生活の変化,子育てあれこれ,ご近所さんの動向,政治の不満に近所の店の不満,近所のレストランのオーナーの話から遠くに住む親戚,の,ご近所さんのパートナー情報(!)まで。
異国情緒のカケラもありません。
でも今はここに来ると,どこに行ってもみんな同じように生きてるんだな,って,なんとなくホッとするんです。そして少しだけ,自分も頑張ろうと思える。
本当に大きな変化です。そしてもちろん,こんな風に思えることは大きな喜びです。
Happy early Canada Day!
そして話は戻ってこのカナダ。
夫の出身地ですから,私の大切な2男1女にとっては父の国であり,お爺ちゃんお婆ちゃんの国であり,親戚みんなに会える国。たくさんの思い出もあるでしょう。
現在の政治体制とか酷すぎるドラッグ事情とか酷すぎるインフレとか移民政策に外交政策,言いたいことは山とありますが,それでも子どもたちの大切な国。
よき未来が待っていますように。Happy early Canada Day!
