こんにちは。会議通訳のあひるです。
海外経験もなく社会人になってから英語を習得した私にとって,自然な発音や言い回しは大きな山でした。
英語で一番大切なのは内容,何を話すか。しかし相手に伝わならなければ何も始まらない。
自分の学習経歴も振り返って,このバランスについて思うことをお話しします。
ひよっこあひる 偏見の変遷
大切なのはやっぱり本業!
昔々,井戸から出たことがなかった頃。私は典型的な英語のできないエンジニアで,英語能力が過剰に評価される風潮を冷ややかに眺めていました。
新卒で仕事を始め,自分が設計したものがちゃんと動くって面白い!と意気揚々としていた頃。
もちろん今では大きな間違いだと分かりますし反省もあります。しかし当時は,なにせ語学の習得って(膨大に)時間がかかりますから,そんなところに時間をかけるよりも本業に集中すべきだと考えていたんです。
大切なのはやっぱり中身!
そんな私が紆余曲折を経て外国語を習得する楽しさに目覚め,ハマりにハマって通訳まで目指すこととなりました(詳細はこちら)。
ある程度の英語力がついた後も,相変わらず過度にネイティブっぽさをよしとする風潮には冷ややかでした。そんなペラペラ話して中身もペラペラだったら仕方ないだろう,と。
(繰り返しますが今ではそのようには思っていませんし,深く反省しています)。
本業も中身も大事,ではあるけれど
それが間違えた考えであると実感したのは,通訳を始めてから。
過度なネイティブ信仰は冷ややかに見つつも通訳を目指す身。
最低限のアクセントやイントネーションは訓練していたので,自分の英語が伝わらなかったから,という訳でもないんです。
(私は日本で通訳をしていたので,私の通訳を聞いているのは日本で仕事・生活をしている外国人ばかり。彼らがいわゆる日本人のアクセントに慣れていたという側面は多分にあります)
それより大きなきっかけは,世界各国のありとあらゆるアクセントの英語を訳す立場になったから。
そうか,癖のある英語って聞く方にこんなに負荷をかけるのか,と,まざまざと実感したのです。
クセのある英語が負荷になる時
私が初めてフルタイムで通訳専属のポジションを頂いたのは,世界中で事業を行う企業のITプロジェクト。文字どおり世界中のアクセントの寄せ集めみたいな環境でした。
1対1の会話は普通にできるんです。でもいざ会議が始まり,(同時に)訳そうとすると一気にわからなくなる。
『クセがある英語』というのは,時に自分の理解している『英語』とは異なる音,アクセント,イントネーションがある状態。
結局のところ当時の私の英語力では,普通に会話をする程度なら多少のクセのある英語も前後の文脈から推測・判断できるものの,そこに『同時に訳す』が加わると負荷が高くなって対応できなくなる。そんなところだったのではないかと思います。
そして自分も発音・アクセントにクセがあることで聞き手に負荷をかけているのであれば,これは矯正せねばと思うようになります。
後天的に身につくネイティブ発音
ちなみに。あくまで私が個人的に見た限りですが,後天的にネイティブに全く遜色のない発音を身につけることは可能のようです。
以前仕事で,英米どちらの発音も完璧にマスターされている通訳さんにお会いしたことがあります。
複数人の会話で,イギリス発音の方に話しかけられればイギリス発音で対応し,反対からアメリカ発音の方から話しかけられれば即座にアメリカ発音に切り替えて対応されていました。後天的に身につけられたようです。
また身内の話で恐縮ですが,カナダ生まれカナダ育ちの夫がイギリス発音とインド発音を習得しました。しばらく練習していたのですが,今はほぼマスターしています(滅多に使いませんが)。ことの是非はさておき,発音って後天的に習得できるのか!というのは,私にとって大きな発見でした。
英語発音におけるパレートの法則
突然ですが,パレートの法則ってご存知ですか?80:20の法則とも言われ,『成果の8割は全体の2割から生み出される』というもの。
私は英語学習でもこれは真理だと感じていて,これまでもいろいろなところで触れてきました。
(英語学習の質と量:同じ教材を繰り返すか,様々な表現に触れるべきか,現役通訳直伝!“なんか文法がおかしい”を克服する具体的な方法あたりでしょうか。他にもあるかもしれません)
英語の発音にもまた,同じことを感じています。
数値化は難しいのですが,ザックリ8割のクオリティまでは2割の時間で仕上がる。しかし残りの2割を追求しようとすると8割,つまりそこまでかかった4倍の時間がかかる。
つまり,『ある程度伝わる発音』からいわゆるネイティブ並になるところって,膨大な時間がかかるんです。
ネイティブ発音はどこまで目指すべき?
あれやこれやと書いてきましたが,結局『ネイティブっぽさ』ってどこまで追求すべきなのでしょう。
英語というのは結局のところ,言葉です。それぞれご自身が英語を使う生活圏,仕事圏でしっかりとしたコミュニケーションが取れ,信頼関係を築いていけることが一番大切。
これはどこで生活・仕事をするかによっても変わってくる気もします。
たとえば英語圏でもすごくローカルな場所,自分以外よその地域から来た人がいないような場所だと,『現地人のように話せる』ことが親近感を生む要素になったりします。というか,その土地のアクセントでないとそもそも通じない可能性が高い。
しかし日本,もしくは多国籍企業を多く拠点を置いているような国では少し様相が変わるかもしれません。
たとえば私は日本で会議通訳をしていますが,通訳をご依頼下さるのは必ずしも英語ネイティブとは限りません。むしろ非ネイティブの方が多いです。日本語が話せないフランスの方,日本語が話せないドイツの方,日本語が話せない中国の方など。
日々このような環境で仕事をしていると,やはり過度に『ネイティブっぽさ』にこだわるのも非効率だと感じるのです。
英語発音,目指すべきバランス
結局のところ,バランスの問題だと思うのです。英語の習得は時間がかかるので,やはりその時その時で一番効果が出るところに集中したい。
言葉はコミュニケーションの手段ですから,やはり一番大切なのは中身。
ある程度自分の言いたいことが表現できるようになるまでは,やはりそこに集中すべき。『ネイティブっぽい発音』『ネイティブっぽい表現』は決して最優先事項ではないと思うのです。
一方で,いくら日本は世界中のアクセントの寄せ集めだとは言え,その多様なアクセントを話す皆さんはそれぞれイギリスなりアメリカなりの英語を学習してきているわけです。
そのため,やはり標準的なイギリス英語・アメリカ英語を習得していると,どの国の方にも(比較的)通じやすい。
結局,順番の問題だと思うのです。
世にも恐ろしいネイティブ信仰の罠
しかし英語を学習していると,なんとなく『ネイティブっぽく話すのがすごい』みたいな風潮が出てくる気がするんです。
もちろん標準的なイギリス英語,アメリカ英語を習得することは大切。ただ,過度に囚われすぎてしまって今やるべきことの優先度を見失ったり,さらに(かなりしっかりと言いたいことが伝えられているにもかかわらず)無駄に自信をなくしてしまったりするのも,大きな罠だと思うのです。
標準的な発音には気を配りつつ,それでいてまずは『通じればいい』と割り切って今やるべきことに取り組む。
世界中のどんな非ネイティブとも対話ができる基礎的で汎用的な英語をしっかり身につけることです。
そして言いたいことがしっかり言えるようになってきたら,徐々に相手に聞きやすい表現,発音,アクセントにも目を向けていく。
もちろん標準的な発音には気を配りつつ,しかし過度に囚われすぎることなく,言いたいことがしっかり伝えられるようになるといいですよね。一緒に頑張りましょう, Bon Voyage!

