こんにちは。会議通訳のあひるです。
ご質問を頂く機会が多いこともあって英語学習はよく取り上げますが,意外と見落としなのが母国語。日本語ならわかると思うでしょう?それが深いんです,母国語の罠。
これまでバラバラと触れてきた話題ではあるのですが,今日はいったんこの母国語の罠についてまとめてみたいと思います。
『英語ができない』って本当?
もう10年ほど前ですが,とある会社さんで社内通訳としてお世話になっていました。
社内通訳ですから社内にお席を頂いて会議のない時間はそこで仕事をしています。そうすると時々,こんな私にも英語を聞きに来て下さる優しい方がいらっしゃるんです。
そんな時によくあるやりとりをご紹介します(会社が特定されないよう,かなり簡略化・一般化しています)。
【英語に自信はないけれど業務はプロのAさん】
あひるさん!英語で資料を作らないといけないのですが,◎△$♪×¥?▲!&%#●って英語でなんて言うんですか?(日本語です,多分)
【英語は身につけても業務知識ゼロのあひる】
・・・・・!?
◎△$♪×¥?▲!&%#●って,それ何?
【業務プロ】
こういう四角くて温めるやつ
【英語プロ】
作る工程の話ですか?
【業務プロ】
いえ,作るのは工場なんですけど,密封して保冷した状態でこちらに来るんです,で,注文が来てからひとつひとつ開けるのって大変だから出そうな分は先にまとめて温めるんです。それを◎△$♪×¥?▲!&%#●って言うんですけど
【英語プロ】
なんかでかい電子レンジ的なもので温めるってこと?
【業務プロ】
いえ,お湯で温めるんです。出す前に準備する部屋にあるんですけど
【英語プロ】
あの準備用の部屋の奥にあるステンレスのでかいポットみたいなやつ?そうすると,『商品Aのうち当日確実に売れそうな分を保冷室から持ってきて,部屋の奥の大きな縦長のステンレス製のポットみたいなやつにひとつひとつ入れてお湯で温める』を英語にすればいい?
【業務プロ】
そっかー!そうやって言えばいいんですね!!すごい!!!ありがとうございます!
おわかりでしょうか。このやりとり,私は一言も英語のアドバイスはしていません。
でもご本人は,もうご自身で英語にできるので微力なあひるは要らない様子。
文字にすると冗談みたいですが,一度や二度じゃありません。意外とあるんです,こういうこと。
わかったつもり,母国語の罠
たとえば,仕事で英語を使いたい時。
普段の職場の会話って,いつも一緒に同じ仕事をしている仲間同士なので文字どおり『一を聞いて十を知る』関係だったりします。
よくありませんか?会議の冒頭,『あれどうやった?』『ダメや』で全員が全て理解しているような場面。
正直なところ通訳は心底???なのですが,皆さんそれ以上のご説明は要らない様子。
こんな日常で『言いたいことがなかなか英語にできない』と悩む時は,英語表現の前に,一度ご自身の言いたいことを日本語で考えてみるといいかもしれません。
『英語が話せない!』母国語の罠
以前私は現役通訳が伝える,英語で表現するために一番大切なことという記事で,英語が話せないと感じるならば,まずは日本語で自分の言いたいことを噛み砕いてシンプルにするといい,と書きました。
この記事で一番お伝えしたかったのは,『英語力不足のせいで言いたいことが伝えられない』と感じるなら,自分の英語力を日本語並に引き上げようとするのではなく,自分の英語力でも表現できるレベルまで日本語表現を落とすといい,ということ。
これ,やってみると意外と難しく,結構な訓練がいるんです。
逆にいえば,普段当たり前のように使っている日本語も,実は話している本人さえ『わかったつもり』になっていることってとても多い。その曖昧なまま英語にしようとするから英語にならない。
でも本当は,英語力自体は普段のコミュニケーションに充分耐えうるレベルかもしれませんよ。
ハイコンテクストな日本語の罠
一般に,母国語の運用能力ってとても高いです。そのため少しくらい論理や説明が飛躍していても大抵ついていけるし,話している本人さえ気づかないことが多くあります。
加えて日本語は,いわゆるハイコンテクスト文化。
『察して』とか『あうんの呼吸』とか,そもそも言葉で全ては伝えないような側面もあります。
それ自体の是非はともかく,この日本語は(全てを言語化しなくても察してもらえるため)日々自分が何気なく話している意味自体にも,より一層無自覚になりやすい気がするのです。
(こちらの記事で詳しく書いています:『難しい』は難しい:言葉ではなく意味を訳す難しさ)
そうすると,英語で伝えられないのは英語運用能力以前に『自分が英語で伝えたいことをわかりやすい日本語にする』というところの問題だったりする。そしてそれに本人も全く気づいていない。
なにせ母国語,自分がわかっていないなんて思いもしないだけに恐ろしい罠です。
『英語を聞き取れない!』母国語の罠
この母国語の罠,『言いたいことが英語にならない』時だけではありません。『英語を聞いてわからない』時にもよく起きます。
どういうことか?
英語を聞いてわからないと,私たちはごく自然に『英語が』わからなかったと思いがち。
しかし英語メディアを聞いている時は,そもそも異国の異文化の情報を聞いているわけです。
そうすると,英語圏で聞いている人たちに比べてそもそも前提知識が少ない可能性がある。
しかし母国語で同じ内容を聞くと,出てくる単語は全て知っている。引っかかる表現もない。そうすると,たとえ理解があやふやでもなんとなくわかった気になってしまう。その母国語で聞いた時の『わかったつもり』に気づかない。
そして同じ内容を英語で聞いて理解できないと,全てを英語力のせいにしてしまう。恐ろしいことです。
これは読めれば必ず聴ける!英語長文のリスニング攻略という記事の,背景知識がないという項で具体例も挙げつつ説明しています。
侮ることなかれ,母国語の罠
私は基本的に,母国語でできないことが外国語ならできるということはないと考えています。
英語ができない,と悩んだ時は,ふと一歩引いて日本語ならできるか?を確認してみるといいかもしれません。
この日本語の罠に気づき,全てが英語力のせいばかりでもないと気づけると,わからないことがあった時にきちんと原因を切り分けられるようになるので一気に伸びてきますよ。一緒に頑張りましょう,Bon Voyage!

